バイク熱高まる

25くらいまでずっと単車に乗っていたが、だんだんと車に移行して最終的に
乗らなくなってしまった。
「TZR125」これの青いやつ。これをカリカリにいじって乗っていた。
当時昭島に「フレンドショップヒロ」というバイク専門のパーツ屋があり、
そこで、チャンバーを入れ、メインジェットの交換、その他メンテをしてもらっていた。
ゼロヨンで250(4スト)に余裕で勝った。
しかも「もろキャブ」で乗っていたため、チャンバーのうるささ+キャブの吸い込み音
でえらい爆音だった。晩年はもろキャブが災いしてエンジンが回らなくなりおしゃか。
色々なバイクを乗り継いだが、最後に乗った単車だ。車体が軽く切り返しの素早さが
気に入り、確か鉄だがデルタボックスフレームにて強度も十分。
当時は毎週土日になると八王子の大垂水峠に走りに行った。俗に言う「ローリング」。
自分らでは「走り屋」。
走る区間を決めてそこを何度も往復する。自分の場合は”旭山(だったかな?)
から八王子方面のある地点までを走っていた。
当時の大垂水峠は大変事故が多く、死亡事故も発生していたため、警察の取り締まりは
結構なものであった。
ある日突然Uターン禁止になっていたが、気にせず折り返しをしたら、突然「ガサガサ!」
と森の中からおまわりが出てきた。「Uターン禁止だぞ!!」
当然逃げるのだが、待機していた白バイが追いかけてくる。しかしエンジンガードのついた
白バイのバンク角には限度があり、こちらの曲がる速度についてこれない。
旭山や中上屋(これもうろ覚え)には土日になると、それぞれ100台くらいの単車が
集まっており、その集団の中に逃げ込む。白バイはその中には入ってこず、通りすぎる。
そして、缶コーヒーを飲んで一服。ずいぶんと無茶な運転をしたものだ。
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